なぜこれが被疑者勾留の根拠条文になるのか。刑事訴訟法には条文見出しがありませんが、有斐閣六法の編集委員が207条に付けた見出しは【被疑者の勾留】となっていますから、207条が被疑者勾留の根拠条文となるのは間違いないようです。しかし、207条1項の文言は「前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、被疑者を勾留することができる」という文言にはなっていません。
どうして「その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する」ことが被疑者勾留の根拠を示すのか。これについてメモ。
勾留についての規定は、総則(第1編)の、「被告人の召還、勾引及び勾留」(第8章)にあります。勾留の実体的根拠を定めるのは60条で、勾留の権限を有するのは「裁判所」です。裁判所の勾留権限の発動は、検察官からの申出を手続要件としておらず、職権オンリーです。
というのも、60条の勾留は、被告人の公判廷への出頭を確保するためなど、審判の必要のために定められたものだからです。「被告人が」と規定されていることからも明らかなとおり、起訴後の勾留について定めた規定です。だから、60条が勾留の権限を認めている「裁判所」とは事件を受けた裁判所を指します(ただし、第一回公判期日前は予断排除の要請が働くので、受訴裁判所を構成しない裁判官が行います。280条参照)。
ひるがえって207条1項は「前三条の規定による勾留の請求を受けた」場合の規定ですから、つまり検察官が直接逮捕した場合の勾留請求(204条)、送致を受けた検察官の勾留請求(205条)を受けた裁判官のための規定です。ここでの勾留は起訴前勾留とも呼ばれます。公訴が提起され、被疑者から「被告人」となった後は裁判所が自身の権能で勾留しますから、身柄拘束から48時間or72時間以内に公訴を提起した場合は勾留請求する必要がありません(204条1項ただし書・205条3項)。
なお、「逮捕中求令状」という言葉がありますが、これは逮捕後直ちに公訴を提起したので、被告人の勾留について職権の発動を求めます、という意味です(280条2項)。
以上のように、裁判所は「被告人」を勾留する権限は有しています(60条)。しかし、公訴を提起されていない者を裁判所が勝手に身柄拘束することは認められていません(認めるべきではありませんし)。ですが、捜査の遂行のために身柄を拘束する必要性は存在しますし、この身柄拘束を捜査機関のみの判断で行うのは権利侵害の危険が大きいです。
じゃあどうするか。検察官から公訴提起前の身柄拘束(起訴前勾留)の請求があったときにのみ、その請求を受けた裁判官が身柄拘束の許否を決めるべきだろうと考えられます。ここにいう裁判官とは、204条1項や205条1項の「裁判官」であり、すなわち207条1項の「裁判官」のことを指します。
そして、上記のように、「裁判所」は勾留権限を有しています(60条)。そうすると、公訴が提起される以前の段階で、裁判官に被疑者の身柄拘束についての権限を与えるには、「検察官から身柄拘束の請求を受けた裁判官は60条の権限を有する」と定めればよいことになります。要するにまとめますと、
- 受訴「裁判所」には被告人を勾留する権限がある(60条)
- 検察官の勾留請求を受けた裁判官は「裁判所……と同一の権限を有する」(207条1項本文)
- ゆえに検察官の勾留請求を受けた裁判官(207条1項)は、被疑者を勾留することができる(60条1項)
という構造になっています。だから、207条1項が被疑者勾留の根拠条文になるのです(分かりやすく説明しようとして余計に分かりにくくなっているような気がしないでもないですが)。なお、裁判所又は裁判長の権限について、207条の参照条文を参照。
以上です。
2 件のコメント:
参考になりました。ありがとうございます。
ずっと207条の準用する60条の根拠に悩まされてましたが,これで納得しました。
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