ですが、無権利の法理、登記制度の理想といったキーワードを用いて、問題点の所在を的確に押さえながら議論できますか。意外と難しいのではないでしょうか。不完全物権変動説に頼りきりではないですか?
以下、事例で考えてみます。
事例:甲土地は元Aが所有していた。Xは、Aから甲土地を1000万円で購入したが、移転登記手続はしていない。その売買の数日後、YがAに甲土地を2000万円で購入しようともちかけ、Aはこれを承諾し、同日中に登記も移転した。Yの購入・登記具備を知ったXは激怒した。XはYに対して移転登記の抹消を請求している。この請求は認められるか。
Xの請求
Xの請求は、所有権に基づく妨害排除請求権としての移転登記抹消登記手続請求です。Y名義の登記がXの所有権を侵害しており、占有以外の方法による侵害ですから、妨害排除請求となります。
この請求をするために充足するべき要件は、Xが甲土地の所有権を有していることと、YがXの所有権を妨害していることの2点です。
Xが甲土地の所有権を有していることは、甲土地はAが元所有していたこと+そのAから売買契約によって甲土地所有権を承継取得したことで立証できます。
YがXの所有権を妨害していることは、Y名義の登記の存在で明らかです。
Xとしては、「私がAから甲土地を買ったんですけど!何移転登記しちゃってんの?マジ意味わかんないんですけど!はやく抹消登記手続しろよこの野郎!」という意味の妨害排除請求です。
Yの反論
「お前こそ何言っちゃってんの?不動産を購入したのに民法177条知らないわけ?不動産を買ったんなら登記しないと『それ買ったの俺ですから』って言えないんですけど!」という旨の反論をします。
この反論をする形式としては、次の2つが考えられます。
①X・Y間は対抗関係にある。ゆえに民法177条が適用されるから、登記のないXはYに対抗できない。
②Yは民法177条の「第三者」である。同条によれば、不動産物権変動は登記をしなければ「第三者」に対抗できない。したがって、登記のないXは「第三者」たるYに対抗できない。
Yの立場からすれば、どちらの反論がより適当だと思いますか。②の方がより当事者のYらしい反論だと思います。上記のYの気持ちをより代弁している気がするのです。①だと、どうも裁判官的視点からの反論のような気がして当事者らしくないと思われます。
②の反論では、民法177条の「第三者」の意義(主観的態様)を問題にしてしまうのではないか、という気がするかもしれません。「第三者」は悪意でもよいのかどうか、善意者に限るのではないか、の議論です。ここでの議論は、「登記を要する物権変動に二重譲渡が含まれるか否か」であって、「第三者」の意義を問題としているわけではないからです。
民法177条の第三者に関する議論は、第三者が物権変動の効果を争える客観的な地位にあるかという第三者の客観的要件を問題とするものと、そのような要件を備えている者は物権変動がすでに生じている事実を知っていてもよいかという第三者の主観的態様の問題を区別してなされています。第三者の客観的要件の議論は、すなわち登記を要する物権変動の範囲の議論と重なります。ですので、この反論②は、ありなのです。
というわけで、Yの反論は②で行きましょう。
無権利の法理
民法176条によれば、物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生じます。この「意思表示」は債権的意思表示で兼ねることができますから(物権行為の独自性否定)、XがAと売買契約を締結したことのみで、甲土地の所有権はAからXに移転したことになります。
そうすると、Yとの売買契約的結当時、Aは甲土地の所有権を有していなかったことになります。「何者も自己の有している物以上を譲り渡すことはできない」という無権利の法理により、Yは、Aから甲土地の所有権を承継取得することはできません。これが原則です。
「そうそう。だから、不完全物権変動説を持ってきて、登記を備えない第1譲渡はいわば不完全物権変動だから、Aにもまだ甲土地の所有権が残ってるんだよ。Yとの第2譲渡ではAの下に残っていた所有権を移転するから、Yも甲土地所有権を取得できるわけ。」という結論に飛びついてしまう人は、形式論でがちがちの石頭(か、予備校の論証パターンに毒されている人)です。焦りすぎ。問題点の所在は、まだ明らかになっていません。
登記制度の理想
他方、不動産は財産価値が大きく、権利関係を明確にしておく必要がありますから、法律関係を登記によって公示しておくことが要請されています(不動産登記法1条参照)。
このことと民法177条を前提とすると、不動産について物権変動が生じた場合には、速やかに公示しておくべきといえます。それについて何ら障害となる事実がないのであればなおさらです。
この観点からXをみると、Xは、Aとの売買契約締結後ただちに移転登記の申請をすることができたのに、それを担保するために同時履行の抗弁も認められているのに(民法533条)、漫然とそれを怠っていると評価できます。
民法177条の趣旨
無権利の法理からすると登記をしていないXが勝つけれども、何か釈然としないなぁ、ずるいなぁ、といえます。これが問題点の所在です。
じゃあどうするか。法律の趣旨に立ち返って考えてみます。
当事者間では、意思表示のみによって所有権は移転していると考えることができます。民法176条意思表示のみによって「その効力を生ずる」と規定していますし、民法177条が登記がないと「対抗できない」と規定していることからしても、対抗要件具備は所有権移転の成立要件(効力要件)ではありません。Xが、Aに対して売買契約に基づく移転登記請求権を有すると同時に、所有権に基づく移転登記手続請求権を有すると考えられることからもこのことは明らかです。
ですが、民法177条が不動産物権変動は登記をしないと第三者に対抗できないと定めた理由は、たとえ当事者間では不動産所有権が意思表示のみによって移転したとしても、それを公示しない限り、当事者以外の社会一般との関係では、当該所有権移転はないものとして扱う(だからちゃんと登記してね)としたところにあると思われます。
そうであるならば、X・A間の甲土地売買について部外者であるYにとっては、その登記がなされない限り、X・A売買なないものと扱うべきでしょう。ゆえに、Yにとっては、Aは甲土地の所有者であって、Aから甲土地所有権を売買によって承継取得することは可能であると考えられます(不完全物権変動説等の理論構成は、ここまで論じてから出すべきです)
すなわち、第2譲受人Yは、Xの登記欠缺を主張する正当な利益を有する「第三者」であるといえます。Xは、登記を備えない限り、Yに対抗できません(民法177条)。
そんなこんなで、Yの反論が認められ、X の請求は認められないことになります。
まとめ
二重譲渡と登記は、「○○と登記」を理解するためのスタート地点になります。簡単なようですが、きっちり議論できるようになりましょう。
「○○と登記」の論点では、無権利の法理と登記制度の建前の使い方がポイントです。これを忘れずに書くようにしましょう。答案が締まります。
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