事案は、旦那Aが経営するB商店が倒産してしまい、Y経営のC商会がB商店に対して有していた債権の回収にあてるため、Aが勝手に妻X所有の土地建物をYに売った(所有権移転登記済み)というもの。登場人物の表記は上記百選にならってます。
この事件を素材に、民法761条の日常家事代理権を基本代理権として、民法110条の表見代理が成立するかが問題となる場合の論じ方をメモしておきます。
Xの請求
Xとしては、旦那Aに勝手に売られた本件土地建物のY名義登記を抹消したいです。
なので、Xは、①本件土地建物の所有権がXにあること、②Y名義登記が存在すること、の2点を主張して、Yに対して、所有権に基づく妨害排除請求としての所有権移転登記抹消登記手続を請求します。
Yの反論
本件土地建物を旦那のAから譲り受けたYとしては、旦那Aとの売買契約について、㋐有権代理が成立する、㋑表見代理が成立する、ことを理由に、Xの請求を拒みたいと考えました。代理の要件についてはこちらで解説しました。
反論① 有権代理の反論
これは、
- 代理権の存在=AがXから本件土地建物の売却に関する代理権を付与されていたこと
- 顕名
- 代理行為=AY間でなされた、当事者をXYとする本件土地建物の売買契約
Yの反論② 民法761条に基づく反論?
Yは、反論③で、民法761条の日常家事代理権を基本代理権として、110条の表見代理に基づく反論を展開します。
不動産は高価なものであるという一般的な感覚を持ち合わせている方なら、その売買を「日常の家事」に関する法律行為というのは抵抗があるでしょう。
しかし、不動産売買が民法761条の「日常の家事」に含まれるなら、同条の日常家事代理権を99条の代理権として、有権代理の主張もできるのではないか、とは考えられませんか。表見代理の反論は、あくまで夫婦の一方が行った行為が「日常の家事」の範囲を超えるものであった場合のものですから、その範囲内でしたら有権代理といってよいでしょう。
というわけで、日常家事代理権に基づく有権代理の反論もしておきます。
代理というより、民法761条そのものに基づく主張?「日常の家事」の範囲にあること+夫婦であること=連帯責任、みたいな。この部分については要検討です。
Yの反論③ 表見代理の反論
これは、
- 基本代理権の存在=Aは民法761条により日常家事に関しXを代理する権限を有していた
- 正当な理由
- 顕名
- (無権)代理行為
を主張して行います。
Xの再反論
本件では、Yの反論からが本番なので、最初のXの請求はおまけみたいなものです。なので、問題点が浮き彫りになるように、Xに再反論させます。
Xの再反論①
- Xは、Aに対して、本件土地建物の売却に関する代理権を与えたことはない。
Yの反論① 有権代理の反論について否認するものです。これは簡単でよいでしょう。
Xの再反論②
- そもそも、民法761条は、夫婦相互に日常家事に関する代理権を与えていない
民法761条は夫婦に日常家事代理権を与えているのかどうかを論じる必要があります。
- 本件土地建物の売買は「日常の家事」の範囲には含まれない。
Xの再反論③
- 仮に日常家事代理権があるとしても、それを基本代理権として110条を適用することはできない。
- (仮に日常家事代理権が基本代理権たり得るとしても)、Yには「正当な理由」がないだろう。
この再反論によって、日常家事代理権を基本代理権とする場合の、「正当な理由」とは何か、それは肯定されるかを論じる必要が生じます。
判旨(判断)
さて、判旨を見ましょう。
Xの再反論②に対する返答
民法761条は夫婦に日常家事代理権を与えているのかどうかについて。
「民法761条は、『夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによつて生じた債務について、連帯してその責に任ずる。』として、その明文上は、単に夫婦の日常の家事に関する法律行為の効果、とくにその責任のみについて規定しているにすぎないけれども、同条は、その実質においては、さらに、右のような効果の生じる前提として、夫婦は相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することをも規定しているものと解するのが相当である」。そうですか。では、民法761条の「日常の家事」に関する法律行為とはどういうもの?
「民法761条にいう日常の家事に関する法律行為とは、個々の夫婦がそれぞれの共同生活を営むうえにおいて通常必要な法律行為を指すものであるから、その具体的な範囲は、個々の夫婦の社会的地位、職業、資産、収入等によつて異なり、また、その夫婦の共同生活の存する地域社会の慣習によつても異なるというべきであるが、他方、問題になる具体的な法律行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属するか否かを決するにあたつては、同条が夫婦の一方と取引関係に立つ第三者の保護を目的とする規定であることに鑑み、単にその法律行為をした夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断すべきではなく、さらに客観的に、その法律行為の種類、性質等をも充分に考慮して判断すべきである」。なるほど。この判示に従って、XA夫婦においては本件土地建物の売買が「日常の家事」といえるのかどうかを検討すればよいということになるわけですね。
不動産売買が「日常の家事」となる夫婦なんて、そうはいないと思いますがね。
Xの再反論③に対する返答
続いて、日常家事代理権を基本代理権として、110条の表見代理が成立するかの検討に移ります。
そもそも法定代理権を基本代理権とすることができるかについては、大連判昭和17年5月20日が肯定していますので、できるとして話を進めます。
Yに「正当な理由」があるかどうかについて。判旨は、
「しかしながら、その反面、夫婦の一方が右のような日常の家事に関する代理権の範囲を越えて第三者と法律行為をした場合においては、その代理権の存在を基礎として広く一般的に民法110条所定の表見代理の成立を肯定することは、夫婦の財産的独立をそこなうおそれがあつて、相当でないから、夫婦の一方が他の一方に対しその他の何らかの代理権を授与していない以上、当該越権行為の相手方である第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり、民法110条の趣旨を類推適用して、その第三者の保護をはかれば足りるものと解するのが相当である」。と判示しました。「正当な理由」の対象は、110条では代理人に当該行為を行う権限があることです。しかし、民法761条の日常家事代理権を基本代理権とするときには、「当該越権行為の相手方である第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属する」ことが「正当な理由」の対象となります。
「正当な理由」の対象がこのように異なるのが、判例が民法110条の「趣旨を類推」する理由です。
この「正当な理由」があるかどうかを検討すればOKです。あてはめを説得的にできるかどうかがポイントです。
以上です。
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