2013年12月19日

取消しと登記。主張反論形式で

判例(大判昭和17年9月30日民集21巻911頁)の結論を導くための主張反論の運びを紹介します。判例解説は民法判例百選Ⅰ51事件(金子敬明)参照。

ポイントは、取消しと不動産譲渡のタイミング(取消しの前か後か)、無権利の法理の使い方です。「取消しの前後で適用条文が異なることは分かってますよ」とアピールしましょう。

事例は、Xが甲不動産を元所有、XA甲不動産売買・登記移転(詐欺)、X取消す、A甲不動産をYに転売・登記移転、X甲不動産の登記名義を取戻したい、です。取消しはYへの転売前にされた(転売は取消後)とします。

Xの主張



X所有:「Aの野郎、私を騙して甲を買いやがった。詐欺だ。Aに売るという意思表示を取り消してやる(民法96条1項)。取り消された行為は初めから無効とみなされるから(民法121条本文)、XA売買は無効扱いになって、甲の所有権は私に戻ったんだよな。」

Y名義登記の存在:「登記を戻そうとしたら、Aの野郎、Yという人に転売してやがった。現在の名義人はこのYさんになっている。Yさんに事情を説明して名義を私に戻してもらおう。」

訴訟物:「というわけでYさん、甲の所有権は私にあるのですよ。なので、甲の登記名義を私名義にする手続に協力してください。」

Yの反論


反論①民法96条3項の「第三者」:「え~…、嫌です。Xさんにどのような事情があったのか知りませんし、AさんがXさんに詐欺をして甲を買ったなんてイマイチ信じられませんし。私が買ったときはAさん名義でしたよ?Aさんが詐欺をしたことが事実だとしても、私には関係ないでしょう。そっちで解決してくださいよ。ほら、民法96条3項にも『詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない』と書いてあるじゃないですか。私はこの『第三者』ですよ。だからXさんの取消しの意思表示は私には関係ないのです。詐欺の被害に遭われたことは同情しますけど、それとこれとは別問題なので。」

反論②民法177条の「第三者」:「それにほら、民法177条にも不動産物権変動は登記をしなければ第三者に対抗できないと書いてありますよ。取消された行為が無効とみなされるって言っても、実際にはAさんに移転した甲所有権がXさんに戻るわけでしょ?立派な不動産物権変動じゃないですか。なのにXさんには登記がない。さっきも言いましたけど、私はAさんから甲を買いました。契約書(実印・印鑑証明付き)もここにありますし。私は民法177条の『第三者』でもあるわけですよ。登記がないんじゃ、取消しで甲所有権が戻ったことも認められないですよ。」

判断(裁判所)


Yは民法96条3項の「第三者」か?


「96条の『第三者』は、詐欺取消し前に現れた第三者を言います。取消しによって行為は遡及的に無効となるので、詐欺によってなされた行為を有効と信じて取引に入った者を保護するためにこの規定が置かれているのです。取消しの意思表示によって詐欺によってなされた行為は無効となっているので、取消後に関与した者はここの『第三者』に含まれません。よってYの反論①は認められません。」

Yは民法177条の「第三者」か?


「177条の『第三者』とは、登記欠缺を主張するにつき正当な利益を有する者です。」

「何度も申し上げていますが、民法121条本文によって取消された行為は初めから無効とみなされます。つまり、甲のXA売買はなかったことになり、甲はX所有のままだったことになります。このことはすなわち、Aへの甲所有権移転はなかったことを意味します。Aは甲の所有権につき無権利者です。何者も自己の有する以上の権利を譲り渡すことはできないという無権利の法理により、無権利者のAは甲所有権をYに譲渡することはできません。したがって、原則としては、Yが甲所有権を取得することはできませんし、自身を民法177条の「第三者」であると主張する正当な利益も認められないこととなります。」

「ただ、それではXさんの登記手続請求が手放しに許されるかというと、そうは考えられません。そもそも、Xさんは取消しの意思表示をする際に、Aさんに抹消登記手続をすることもおねがいできたはずです。不動産物権変動が生じたならば、ただちにそれを公示するべきであるという不動産登記法上の建前があります。この考え方からすれば、抹消登記手続を怠ったXさんには落ち度があるといわざるを得ません。」

「民法177条の『第三者』は、実質的には、対抗関係に立つ者同士の利益衡量を媒介する概念です。正当の利益があるか否かは、対抗関係に立つ者同士の利益を比較して判断するべきです。上記のように、形式的にはYは甲の所有権を取得しませんし、Xには落ち度があります。この2人を比較してみると、XとYのどちらもプラスの利益は小さいが、YのマイナスよりXのマイナスの方がより大きいです。落ち度のあるXと比較すれば、Yに正当な利益があるといえます。このことから、Yの反論②は認められます。」

結論


Xの主張は認められません。

今日は以上です。

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