聞くところによると、民法の事例問題の答案で、延々と要件事実論を記述する人がいるそうで。「本件において、原告の請求は~~である。その請求原因は○○である。これに対し、被告がなす抗弁は××で、抗弁事実は△△となる。これに対し想定される再抗弁には◆◆と□□があり、さらに再々抗弁には▼▼がありうる。本件ではこのような主張立証活動がなされるべきであるが、原告と被告はこれをなしておらず、不十分である」といったような、まるで見当違いの答案です。
このように、要件事実を勉強したばかりに民事法、とくに民法の答案がめちゃめちゃになってしまう人がいます。民法の解釈が問われているのに、要件事実論を長々と述べてしまうのです。要件事実の副作用に毒された場合、こうなります。上の例ほどではないにせよ、「要件事実かぶれ」になってしまう人はかなり多い。要件事実の教科書を読んで、「要件事実が民法だ」と考えてしまうとかなりまずいです。
そもそも要件事実論は裁判を担う実務家たちが経験的に発見してきたツールであるという側面が強いです。学問としてというよりも、どうすればよりよい訴訟活動を期待できるか、いかに生産的・論理的に口げんかするかという観点からまとめられたものです。「法律ではこのように規定されているし、解釈学ではこうなっているのだから、○○という事実を主張立証すれば十分だよね」を追及してきたものが要件事実論です。
この要件事実論の機能、なりたちを(無意識的にでも)理解できると、民事法の理解が進みます。「要件事実でこうなっているのは、解釈学がこうなっているからなのね」といった具合に、要件事実を実体法の学習に逆輸入することで、民事法の理解が劇的に進むわけです。ほとんどの人はこちらです。
逆輸入するためにはとりあえず要件事実の教科書を読んでみることが必要になるわけですけれども、要件事実の教科書には要件事実が羅列してあり、暗記しろと言っているような書きぶりですし、暗記したくなります(とくに類型別)。ここで暗記に走ると、ダークサイドへ落ちる危険が高まります。
じゃあ、どうすれば民事実体法の理解が深まるのかというと、この部分は各々の学習に委ねられています。要件事実は暗記じゃないぞ、分かってるよな、ちゃんとやれよと、丸投げされているのです。まあ、そうですよね。何から何まで手取り足取り教えてくれるわけではない。自分で考えながら勉強しなくちゃならない。まじめに教科書読んで、百選つぶして、問題集をやって、法律を理解していかなければならない。
でも、それだけでは要件事実を暗記で済ませてしまう恐れは残ります。まじめに教科書を熟読するタイプの人ほど。時効の要件なんだっけ?と思ったときに教科書にあたるのは、要件を暗記するのと変わらないからです。
要件事実を暗記で済ませないためにはどうすればよいか。最も必要なことは、条文から要件を抽出できることだと思います。
教科書には何から何まで書くわけにはいきませんから、省略できることは省かれます。条文から要件を抽出する作業は省略されていることが多い。法律要件は条文に書かれており、わざわざ説明するまでもない、それよりも解釈について記述するべきと想定されるからです。いうまでもありませんが、教科書に書いてあるから、ある事実が要件になるのではなくて(そういうこともありますけど)、条文に書いてあるから要件になるのです。要件を確認するときはまず条文にあたりましょう。
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というわけで、条文から要件を抽出して要件事実を考えてみます。
所有権の長期取得時効の要件事実を考えます。条文は民法162条1項。
民法162条1項は「二十年間、所有の意思を持って、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する」と定めます。ここから、
- ①二十年間継続された占有
- ②所有の意思による占有
- ③平穏・公然な占有
- ④他人の物の占有
が要件として抽出できます。
この事実がそろえば自動的に所有権を取得できるのではありません。民法145条の「時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない」との定めにより、時効により所有権を取得するためには
- ⑤当事者による時効援用の意思表示
が要件となります。
他方、民法186条1項は「占有者は、所有の意思を持って、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する」と定めます。ここから上記要件のうち、②所有の意思による占有、③平穏・公然な占有は推定されます。
また、同条2項は「前後の両時点において占有をした証拠があるときは、占有は、その間継続したものと推定する」と規定します。これによって、①二十年間継続された占有は、
- ①→①´ある時点で占有していたこと+その時点から20年後も占有していたこと
という事実に置き換えることができます。
条文をみるだけで抽出できた要件事実は、
- ①´ある時点で占有していたこと+その時点から20年後の時点も占有していたこと
- ④他人の物の占有
- ⑤時効援用の意思表示
の3点です。
さらに、自己物も時効取得し得るので(最判昭和42年7月21日)、④をあえて主張する必要はないことになります(実体法の理解が前提となるというのは、こういう意味です)。
そうすると、残った要件事実は
- ①´ある時点で占有していたこと+その時点から20年後の時点も占有していたこと
- ⑤時効援用の意思表示
だけとなり、これが長期取得時効の要件事実となります。
ただ単に、「長期取得時効の要件事実は①´と⑤だ」と暗記するのに意味はなく、教科書をみて「長期取得時効の要件は①から⑤だが推定されたりして最終的に①´と⑤が要件事実だ」との結論だけ確認することも危険です。
今日は以上です。
1 件のコメント:
大変参考になりました。
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