2014年1月27日

「所有の意思」をめぐる攻防② 相続が「新たな権原」(民法185条)にあたるとして時効取得を主張する場合

前回は、オーソドックスな「所有の意思」をめぐる立証活動について説明しました

今回は、相続が「新たな権原」(民法185条)にあたるから相続人の占有は自主占有となったので取得時効が成立した、と主張する場合の立証活動について説明します。

相続は「新たな権原」か


そもそもの前提として占有権が相続されるかについて議論がありますが、相続されることを前提に話を進めます。

相続が「新たな権原」(民法185条)にあたるかについて、相続による承継は包括承継であり、相続人は被相続人と同一の法律上の地位にあるため、相続は「新たな権原」ではないとする立場があります。

判例も原則として相続人は自主占有を主張できないとしているようです。しかし、被相続人の所持の態様と相続人のそれとの間に変更があれば、相続人の占有は自主占有になるとしています。最判昭和46年11月30日民集25巻8号1437頁は、
「所有者から土地建物の管理委託を受け、建物の半分に居住し、他の判分の賃料を受領していた者が死亡した場合において、その相続人は、土地建物の占有を相続により承継したばかりでなく、新たに土地建物を事実上支配することによりこれに対する占有を開始したものというべきであり、相続人に所有の意思があるとみられるときには、被相続人の死亡後新権原に因り土地建物の自主占有をするに至ったものと解される。」
という趣旨の判示をしました(判例六法より引用)。ではどのような場合に所持態様に変更がある(新たに土地建物を事実上支配する)といえるのか、その立証はどのようになすべきかについて、最判平成8年11月12日民集50巻10号2591頁・百選Ⅰ64事件(平成8年判決)は、
「他主占有者の相続人が独自の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合において、右占有が所有の意思に基づくものであるといい得るためには、取得時効の成立を争う相手方ではなく、占有者である当該相続人において、その事実的支配が外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解される事情(自主占有事情)を自ら証明すべきものと解するのが相当である。」
と判示しました(赤字はY2による)。

民法186条1項との関係


前回の記事で、「所有の意思」は民法186条1項によって推定され、これは暫定真実であるため時効の成立を争う相手側に反対事実の立証責任があるとの説明をしました。

しかし、平成8年判決によると、相続が「新たな権原」(民法185条)にあたるから相続人の占有は自主占有となったので取得時効が成立したと主張する場合、「所有の意思」の立証責任は時効の成立を主張する側にあることになります。

争う側にも主張する側にも立証責任があるのか?という疑問がわき出ます。立証の必要のように立証責任が当事者間で移動することはないので、最初は争う側にあったが相続が「新たな権原」にあたることが証明されたから時効を主張する側に移動した、といったことはあり得ません。

結論から言うと、他主占有の相続人の占有には、そもそも民法186条1項の推定は働きません(中田裕康 百選Ⅰ131頁)。ですので、平成8年決定のいうとおり、時効の成立を主張する側が「所有の意思」について立証責任を負います。

これはなぜかというと、民法186条1項によって所有の意思や善意、平穏・公然が推定されるのは、一般的な占有には通常それらが備わっているからです。しかし、他主占有の相続人の占有は、相続人自身による事実的支配という性質と、被相続人の占有を承継したという性質を有しています。ですので、とても一般的な占有ということはできず、民法186条1項の推定は働かないと考えるべきとなります。

他主占有の相続人の占有とはいっても、占有態様が平穏・公然であることは推定されてよいと思います。民法186条1項のうち、「所有の意思」と「善意」には推定が働かないが、「平穏、かつ、公然と」の部分は推定されるとしてよいのではなかろうか、と思います。

他主占有者の相続人が独自の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合の、要件事実


  • ある時点とそれから20年経過後に占有していた事実
  • 占有が「所有の意思」に基づくことを示す事実=外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解される事情(自主占有事情
  • 時効援用の意思表示

となりましょうか。自主占有事情を主張するところで、相続が「新たな権原」あたることも主張することになります。自主占有事情について、裁判官に確信をもたせる立証が必要です。時効を争う側の反論としては他主占有権原・他主占有事情を立証しますが、こちらは自主占有ではないかもしれないという心証で足ります。

民法186条1項の推定が働く前回の場合と今回の場合で、立証する事実は同じですが、立証の程度は異なっています。このことに注意してください。

以上です。

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