2014年1月29日

【相殺】不法行為に基づく損害賠償債権を含む相殺について

民法509条が定めているのは「不法行為により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止」です。


条文の表現は「債務が不法行為によって生じたときは、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない」となっています。つまり、不法行為に基づく損害賠償債権の債務者(加害者)は、たまたま債権者(被害者)に対して貸金債権を有していても相殺することはできないということです。被害者は治療費やらなにやらで予期せず出費が嵩んだのだからからちゃんと損害額を払わなきゃダメという趣旨です。これが許されるとすると、金を返さないからボコボコにした場合でも民事責任は負わないことになり、不法行為が助長されるからです。

もちろん被害者は貸金を返さなくてはいけませんが、それはもともと予定されていたことです。

じゃあ不法行為により生じた債権を自働債権とする相殺は禁止されるのかというと、少なくとも民法509条は定めていませんので解釈の余地があります。被害者からの相殺はできるのかどうかです。

被害者がよいとするのだから不法行為に基づく損害賠償債権を自働債権とする相殺は常に許してよいとも思えますが、判例が認めているのは受働債権が不法行為による損害賠償債権以外の債権の場合だけです(最判昭和42年11月民集21巻9号2477頁)。つまり、上の例で加害者からの相殺は民法509条によって許されないけれども、被害者からの相殺は許されるということです。

このほかの場合、両債権が不法行為に基づく損害賠償債権である場合では、判例は認めていません(それぞれが別個の不法行為に基づく場合について大判昭和3年10月13日民集7巻780頁。双方過失による同一交通事故に基づく場合について最判昭和32年4月30日民集11巻4号646頁〔物損vs人損〕、最判昭和49年6月28日民集28巻5号666頁〔物損vs物損〕)。民法509条の趣旨が不法行為の抑制にある以上、受働債権が不法行為に基づく損害賠償債権であるのに相殺を許すことはできないというのが理由です。堅物なのは否めません。

裁判所が同一事故においても相殺を認めないのは、民法722条2項があるからだと思います。同一事故の事例においては過失相殺によって損害額を調整できるので、あえて民法509条の解釈問題を乗り越える必要がありません。不法行為に基づく損害賠償債権を含む相殺の主張が認められなくても、過失相殺の主張をしておけば同様の結論にたどり着けます(この主張を忘れれば弁護過誤でしょう)。

以上です。

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