2014年3月13日

【憲法判例】よど号ハイジャック記事抹消事件についてメモ

最大判昭和58年6月22日(民集37巻5号793頁。百選Ⅰ16事件)について。旧監獄法時代の事件ですが、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律についても若干言及します。主張反論形式で記事にしますが、実際の攻防等は相違があります。正確なものは民集等を参照してください。

原告の請求


起訴・勾留されていた原告は、私費で新聞を購読していました。「公権力の行使に当る公務員」である拘置所長は、よど号ハイジャック事件についての記事を原告らが読むことによって混乱が生じるおそれがあると考え、「職務」として、当該記事を黒く塗りつぶしました。情報を受領する権利は、情報を提供する自由と表裏をなすものであり、表現の自由に含まれます(憲法21条1項)。拘置所長の行為は、原告らの情報受領の自由を故意・違法に侵害するものです。

原告らは有罪判決を受けた者ではないこと、情報を受領する権利の重要性に鑑みれば、拘置所長が記事を抹消することを認める監獄法31条2項・監獄法施行規則86条1項は違憲であり、無効です。したがって、拘置所長の行為には根拠がなく、違法なものというべきです。

したがって、原告は、国に対し、拘置所長の侵害行為によって生じた損害につき国家賠償請求をします(国家賠償法1条1項)。

被告の反論


原告らの新聞の閲読については、「文書、図画ノ閲覧ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」ものとされ(監獄法31条2項)、「拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」とされます(監獄法施行規則86条1項)。つまり、原則として閲読は制限され、一定の場合に限り許容されるものなのです。これは、拘置所に勾留された者は国との特別権力関係に服し、国民に保障される憲法上の保障の埒外にあることによります。許すか否かは、秩序維持を担う拘置所長の広い裁量に任されます。

したがって、原告は憲法上の権利を享有できないため、原告の主張はその前提を欠きます。

仮に原告らに情報受領の自由が認められるとしても、逃亡・罪証隠滅を回避する目的のために必要な措置をとることは当然に要求されるのであって、拘置所長にはその権限が認められます。したがって、本権記事を抹消したことは必要な措置でした。

問題点の所在


①未決拘留者は憲法上の権利の享有主体か。

②拘置所長が記事を抹消することは許されるか。許容されるか否かの判断基準はどのようなものか。

判断(判旨)


①について。

刑事収容施設の被収容者が様々な制限を受けるのは、審理の実効性の確保や、逃亡・罪証隠滅のおそれを防止するためといった目的のためであって、特別権力関係という特殊な法律関係に服するからではありません。ゆえに、被収容者であっても、当然に憲法上の権利を有しますし、情報受領の自由も保障されます(憲法21条1項)。収容目的との関係から、一定の制限を受けることになるだけです(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律31条参照)。同法69条が、原則として書籍等の閲覧制限をしてはならないとし、70条で秩序維持に支障が生ずる・罪証隠滅のおそれ等がある場合にのみ閲覧の禁止を許すのはその趣旨です。

②について。制限が許される場合と許容される制限の程度。
「当該閲読を許すことにより右の規律及び秩序が害される一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、被拘禁者の性向、行状、監獄内の管理、保安の状況、当該新聞紙、図書等の内容その他の具体的事情のもとにおいて、その閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要であり、かつ、その場合においても、右の制限の程度は、右の障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるべきものと解するのが相当である」。
 判旨では、具体的状況のもとにおける拘置所長の裁量判断を尊重すべきであり、上記の蓋然性があるとの判断に相当の根拠があり、用いられた措置に合理性が認められるならば、その措置は適法と判断すべきとしました。

基準自体は厳格な気もしますが、拘置所長の裁量を尊重することで緩やかな判断過程になっているように思えます。

メモ


判旨を被告の反論に使い、私見では明白かつ現在の危険を使うこともアリです。制限されている権利が表現の自由に含まれる情報受領の自由(知る権利)だからです。「記事を抹消しないと、明白かつ現在の危険があるから、抹消してよい」という論理です。

明白かつ現在の危険:①ある表現行為が近い将来、ある実質的害悪を引き起こす蓋然性が明白であること、②その実質的害悪がきわめて重大であり、その重大な害悪の発生が時間的に切迫していること、③当該規制手段が右害悪を避けるのに必要不可欠であること、以上の3点が充足した場合に限り、表現行為を規制できる(芦部憲法参照)。

明白かつ現在の危険ではキツすぎるので、「相当の蓋然性」+必要最小限度の制限で行くのもアリです。判例は「相当の蓋然性」+「合理的な範囲」でよいとしているので、制限に対するチェックをより厳しくした形です。拘置所長の裁量を尊重している判例は「相当の蓋然性」のチェックも緩いので、「放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性」があるかをそのままチェックするという手法と組み合わせれば、こちらも厳格な審査になります。

以上です。

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