2014年3月6日

相殺の抗弁と重複起訴禁止原則についてメモ

民訴百選38①②事件(①最判平成3年12月17日民集45巻9号1435頁、②最判平成10年6月30日民集52巻4号1225頁)とA12事件(最判平成18年4月14日民集60巻4号1497頁)を読んでいて、ちょっと思うことがあったのでメモ。

まず、出発点は百選38①事件です。別訴提起後に相殺の抗弁を提出するのは許されないと判示しました。民訴法142条が重複起訴を禁じる理由は審理重複による司法資源の浪費と被告に不必要な応訴を強いるのを回避するため、既判力の矛盾抵触を防止するためです。この観点から判断すると、相殺の抗弁には既判力が生じるため(民訴法114条2項)、別訴の既判力と相殺の抗弁に生じる既判力が衝突する可能性があります。別訴訴訟物の債権を相殺の自働債権として提出していますからね。ゆえに、相殺の抗弁は民訴法142条の「訴え」にあたると考えられました(類推適用)。

そして、百選38②事件です。別訴提起後に相殺の抗弁を提出することは許されないという平成3年最判を引用した後で、「しかしながら」と続けます。すなわち、別訴が明示的一部請求で、相殺の抗弁として提出された自働債権が当該別訴の残部であるなら、この相殺の抗弁は重複起訴禁止原則に触れないとされました。一部請求である旨が明示されたならば、訴訟物は当該明示部分に限られるので(民訴百選81①事件)、別訴と相殺の抗弁で既判力抵触のおそれがないからです。ただし、「債権の分割行使をすることが訴訟上の権利の濫用にあたるなど特段の事情」がある場合はだめ。

ここで頭をよぎるのが、一部請求後の残部請求を(既判力に抵触するからではなく)信義則に反することを理由に認めなかった最判平成10年6月12日民集52巻4号1147頁(民訴百選81②事件)です。明示的一部請求を全部又は一部棄却する判決は、債権全部にわたる審理の結果、当該債権が全く存在せず又は請求額に満たない額しか現存しないから、後に残部として請求し得る部分はないとの判断を示すものです。このような判決がなされた後の残部請求は実質的には前訴の蒸し返しであり、当該判決によって紛争が解決されたと認識している被告の合理的期待を裏切るものなので、信義則に反するとされました。

とすると、です。X→Yに対する明示的一部請求による訴え(α訴訟)が提起されていて、同時にY→Xの訴え(β訴訟)が提起されているときに、β訴訟でXがα訴訟の残部を相殺の抗弁に提出した場合、当該相殺の抗弁を提出することは重複訴訟禁止原則には触れないが(百選38②事件)、その相殺の抗弁に係る債権は存在しないという場合が生じうるのです(百選38②事件の園部裁判官補足意見参照)。Yは何でα訴訟で相殺の抗弁を提出しないんだろうと疑問に思うかもしれませんが、相殺の抗弁を提出しなければならない義務はないし、YがXの債権は存在しないと確信していればみすみす自分の債権を消滅させるより、別訴で債務名義を取得した方が合理的です。

α訴訟が請求棄却で先に終わっていれば、β訴訟での相殺の抗弁は無いものを提出したことになるので不適法となります。が、α訴訟が終わっていない場合、X→Yの債権の全部が存在しているのかは明らかでないので、α訴訟の結論と相殺の抗弁に対するβ訴訟の判断が矛盾するおそれがあります。

併合を強制すれば矛盾判断も生じないし、審理重複もないのでベストなんですけど、それは立法論なんですよね。弁論の併合や分離は裁判所の裁量でできることになってますからね(民訴法152条1項)。この点で実に巧妙な判断を示したのが百選A12事件です。
「本訴及び反訴が係属中に,反訴請求債権を自働債権とし,本訴請求債権を受働債権として相殺の抗弁を主張することは禁じられないと解するのが相当である。この場合においては,反訴原告において異なる意思表示をしない限り,反訴は,反訴請求債権につき本訴において相殺の自働債権として既判力ある判断が示された場合にはその部分については反訴請求としない趣旨の予備的反訴に変更されることになるものと解するのが相当であって,このように解すれば,重複起訴の問題は生じない」からです。
反訴は「本訴の係属する裁判所に」提起するものなので(民訴法146条1項本文)、同一手続で審理され、矛盾判断が生じる恐おそれも審理重複のムダも回避できます。反訴請求と相殺の抗弁のどちらを優先するかも判断できます。ですが、別訴では、このような処理はできません。

こういう問題がある、ということをメモしておくことにします。てか、併合強制と簡単に言いますけど、具体的にはどうするん?

以上です。

0 件のコメント: