2014年3月13日

【憲法判例】北方ジャーナル事件についてメモ

最大判昭和61年6月11日(民集40巻4号872頁。百選Ⅰ72事件)です。北方ジャーナル事件を用いて、出版差し止めの仮処分が主張され、それに対する損害賠償請求の反論をし、問題点の所在を明確にしたうえで判旨につなげます。

この事件は民事保全法制定前のものですが、民事保全法に基づいて仮処分を申立てる場合を考えます。登場人物の表記は百選Ⅰ72事件に従います。

Y1の主張:出版物差止めの仮処分


出版差し止めの仮処分は、民事保全法23条2項の仮の地位を定める仮処分の一類型です。民事保全には仮差押と仮処分がありますが、これらが認められるためには、①被保全権利の存在と②保全の必要性が要件となります(民保13条1項)。仮の地位を定める仮処分では、②の要件は、「争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるため」必要であることになります(民保23条2項)。

Xが1979年2月23日頃発売予定の『北方ジャーナル』4月号を販売すると、Y1の名誉が害されることになります(Y1を侮辱する内容の記事が掲載される予定のため。百選Ⅰ72事件の事実の概要参照)。したがって、①被保全権利はY1の名誉権です。

『北方ジャーナル』4月号が出版されると、Y1は名誉を侵害され、著しい損害が生じます。したがって、Y1に「生ずる著しい損害又は窮迫の危険を避けるため」出版を差し止める必要性が認められ、②保全の必要性も肯定されます。

以上により、Y1は、裁判所に対し、『北方ジャーナル』4月号の出版を差し止める仮処分を申し立てます。

Xの反論:損害賠償請求


そもそも、出版差し止めの仮処分は、憲法21条2項で絶対的に禁止される「検閲」にあたります。裁判所は当該仮処分をしてはならないのに、それをしたことになります。ゆえに、Xは、国に対し、「検閲」たる出版差し止めの仮処分によって生じた損害について、国家賠償請求を行います(国家賠償法1条1項)。

仮に当該仮処分が「検閲」には当たらないとしても、名誉権は被保全権利にあたらないと考えるべきです。なぜなら、名誉毀損に対しては、損害賠償請求や謝罪広告等の「名誉を回復するのに適当な処分」などの事後的な救済手段が用意されており、それで保護されることが予定されているからです。したがって、Y1による仮処分は認められるべきものではありませんでした。

このような違法な仮処分により、出版社Xは、表現活動が制限されました。差止めに係る記事は、旭川市長を11年務め、北海道知事選に出馬を予定していたY1を批判するものであり、政治的言論として表現の自由により保障されるものです(憲法21条1項)。Y1による仮処分申立ては故意にXの表現の自由を侵害するものであり、これによりXは販売によって得ることができた利益を喪失しました(損害)。したがって、Xは、Y1に対し、仮処分によって失った損害の賠償を請求します(民法709条)。

手続的にも問題があります。民事保全法23条4項によれば、仮の地位を定める仮処分たる出版差し止めについては、口頭弁論かXが立ち会う審尋を経なければ、発することができないはずです。それなのに、Y1の仮処分の申立ては、無審尋で認められました。この点にも違法があり、Y1による出版差し止めは認められません。

問題点の所在


①:出版差し止めの仮処分は憲法21条2項が禁止する「検閲」か。

②:名誉権は出版差し止めの仮処分の被保全権利となるか。

③:事前差し止めが許されるのか。その要件は。

④:債務者への審尋を経ないでも事前差し止めの仮処分が許されるのか。

判断(判旨)


①:出版差し止めの仮処分は憲法21条2項が禁止する「検閲」か。
「憲法21条2項前段にいう検閲とは、
  • 行政権が主体となつて、 
  • 思想内容等の表現物を対象とし、 
  • その全部又は一部の発表の禁止を目的として、 
  • 対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、不適当と認めるものの発表を禁止することを、 
その特質として備えるものを指す」(税関検査事件。百選Ⅰ73事件)。「仮処分による事前差止めは、表現物の内容の網羅的一般的な審査に基づく事前規制が行政機関によりそれ自体を目的として行われる場合とは異なり、個別的な私人間の紛争について、司法裁判所により、当事者の申請に基づき差止請求権等の私法上の被保全権利の存否、保全の必要性の有無を審理判断して発せられるものであつて」、「検閲」には当たらない。
②:名誉権は出版差し止めの仮処分の被保全権利となるか。
「人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は、損害賠償(民法710条)又は名誉回復のための処分(同法723条)を求めることができるほか、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができる」。
③:事前差し止めが許されるのか。その要件は。
「表現行為に対する事前抑制は、新聞、雑誌その他の出版物や放送等の表現物がその自由市場に出る前に抑止してその内容を読者ないし聴視者の側に到達させる途を閉ざし又はその到達を遅らせてその意義を失わせ、公の批判の機会を減少させるものであり、また、事前抑制たることの性質上、予測に基づくものとならざるをえないこと等から事後制裁の場合よりも広汎にわたり易く、濫用の虞があるうえ、実際上の抑止的効果が事後制裁の場合より大きいと考えられるのであつて、表現行為に対する事前抑制は、表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法21条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうるものといわなければならない。」
「出版物の頒布等の事前差止めは、このような事前抑制に該当するものであつて、とりわけ、その対象が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為に関するものである場合には、そのこと自体から、一般にそれが公共の利害に関する事項であるということができ、……その表現が私人の名誉権に優先する社会的価値を含み憲法上特に保護されるべきであることにかんがみると、当該表現行為に対する事前差止めは、原則として許されないものといわなければならない。ただ、右のような場合においても、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であつて、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときは、当該表現行為はその価値が被害者の名誉に劣後することが明らかであるうえ、有効適切な救済方法としての差止めの必要性も肯定されるから、かかる実体的要件を具備するときに限つて、例外的に事前差止めが許される」。
  • 原則:だめ
  • 例外:表現内容が真実でないorもっぱら交易を図る目的でないことが明白+被害者が重大で著しく回復困難な損害を被るおそれがある→許される 
④:債務者への審尋を経ないでも事前差し止めの仮処分が許されるのか。
「事前差止めを命ずる仮処分命令を発するについては、口頭弁論又は債務者の審尋を行い、表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えることを原則とすべきものと解するのが相当である。」→民保23条4項参照。
「ただ、……口頭弁論を開き又は債務者の審尋を行うまでもなく、債権者の提出した資料によつて、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であり、かつ、債権者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があると認められるときは、口頭弁論又は債務者の審尋を経ないで差止めの仮処分命令を発したとしても」、憲法21条の趣旨に反しない。

メモ 


被保全権利が本件のように名誉権ではなく、プライバシー権でも事前差し止めの仮処分ができるのかが問題となったのが、『石に泳ぐ魚』事件(百選Ⅰ67事件)や週刊文春事件(東京地決平成16年3月19日判時1865号18頁)。

仮処分決定に対する反論が損害賠償請求になっていて、変なことになっています(保全手続に対して判決手続で応酬するって、どうなん?)。通常、仮処分決定に対抗するには、保全異議を申立てます(民保26条。発令された保全命令が判断を誤ったものと主張するもの)。Xの反論は、保全異議の申立てで行った方が分かりやすいです。

以上です。

0 件のコメント: