2014年2月17日

クロロホルム事件(最決平成16年3月22日刑集58巻3号187頁)について

クロロホルム事件(最決平成16年3月22日刑集58巻3号187頁。百選Ⅰ64事件)についてメモ。早すぎた結果の実現の問題。

実行行為性の検討(客観面)


実行行為とは「法益侵害の現実的危険という実質を有し、特定の構成要件に形式的にも実質的にも該当すると認められる行為」をいいます(書研61頁)。殺人罪ならば、ある行為が刑法199条の「殺した」行為に該当するというためには、その行為に殺人罪の保護法益である生命を侵害する現実的危険という実質が備わっている必要があります。

拳銃を発砲したとか刃物を突き刺したとか、危険が明らかならば実行行為性を云々する必要はないですし、予備行為のようにそもそも実行の着手以前の行為なら同様に実行行為性を論じる必要はありません。フォーカスすべきは、危険がないとはいえないけどあるとも断言できないといった微妙な場合です。未遂犯の実行の着手時期が問題となるときなどが典型です(刑法43条)。クロロホルム事件のように、一つひとつの行為には明らかな死の危険はないけれども全体としてみると死の危険があるというべき場合もそうです。

で、その法益侵害の現実的危険の有無を判断するのに非常に参考になる判断基準をクロロホルム事件が判示しました。それは、
「第1行為は第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったといえること,第1行為に成功した場合,それ以降の殺害計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったと認められることや,第1行為と第2行為との間の時間的場所的近接性などに照らすと,第1行為は第2行為に密接な行為であり,実行犯3名が第1行為を開始した時点で既に殺人に至る客観的な危険性が明らかに認められるから,その時点において殺人罪の実行の着手があったものと解するのが相当である」
というものです。 つまり、

  • 第1行為と第2行為が密接で、第1行為を開始した時点で結果発生に至る客観的な危険がある
ときは、法益侵害の現実的危険がある→実行行為性(実行の着手)肯定という判断です。密接性・結果発生に至る客観的な危険を判断する際に参考になるのが、
  • 第1行為の手段性(「第1行為は第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったといえること」という判示
  • 障害事由の不存在(「第1行為に成功した場合,それ以降の殺害計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったと認められること」という判示
  • 時間的場所的近接性(「第1行為と第2行為との間の時間的場所的近接性」という判示
の3点です。これを考慮要素にして、密接性、結果発生に至る客観的な危険を判断します。

因果関係の錯誤(主観面)


クロロホルム事件のように、行為を全体としてみないと実行行為性を肯定できない場合、たとえ死の結果が発生したとしても、どの行為から死の結果が発生したのか証明できないことがあります。行為者としては「とどめ」をさしたから被害者が死んだと思っていても、それ以前に死亡していた場合には「とどめ」は死体損壊をしたことにしかなりません。

このように、早すぎた結果の実現では因果関係の錯誤が問題になります(因果関係の錯誤を論じる前提は実行行為性or実行の着手が肯定され、かつ、それと結果との間に因果関係があることです(井田先生182頁)。因果関係の錯誤を論じる際にはこれらをちゃんと書いておきましょう)。この点についてクロロホルム事件では、
「実行犯3名は,クロロホルムを吸引させて(被害者)を失神させた上自動車ごと海中に転落させるという一連の殺人行為に着手して,その目的を遂げたのであるから,たとえ,実行犯3名の認識と異なり,第2行為の前の時点でVが第1行為により死亡していたとしても,殺人の故意に欠けるところはなく,実行犯3名については殺人既遂の共同正犯が成立するものと認められる」
と判示し、因果関係が故意の対象になることを前提に、因果関係の錯誤は故意を阻却しないと結論付けました。

とりあえず以上です。

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